プロローグ・98年夏
夏祭りのカレーの中に突然ヒ素ナンチュウ物をぶち込んだオバンのお蔭で私の夏休みがなくなって行った。
おまけに今年の夏は「これでもかっ」って位暑かった。
信じられない位の忙しさの中、何を考えたか我が社の支局がLANで結ばれる事になる。
信じられない事に、我が社はマスコミ関係の会社であるにも関わらず、情報の伝達は殆ど「紙」に頼っていた。
なにせ「天気予報を読みにスタジオに入ったアナウンサーが寝てしまい、放送が飛んでしまった」りする
「信じられない事」が多発する会社ではある。(ええんかいな)
さて、東京、大阪、近畿管内から、自局の社員を上回る応援部隊がやってきてごった返す中、
局内のLAN回線工事が終わり、「あいつは自分のPCを持っていて何やら怪しげな事をしている。」
というだけの理由で、私がメールを始めとする指導責任者になっておった。
炎天下、
いつあるとも知れぬ「まさかの時」の中継要員として汗を流しまくっている私にどうやって「指導」等できるのか!!!
「こうなったら徹底的にグレテヤル」と決めた時には、現場周辺に赤とんぼが飛んでいた。
そうこうするうち10月某日、「件の夫婦」が午前6時に逮捕され、事態は次第に沈静化して行く。
(和歌山の夏祭りでブチキレたオバンがカレーにヒ素を入れちゃったぞ事件顛末記・バードマン編はまたの機会に)
ほっと一息つく間もなく、「キーボード」なんか触った事ないぞ的お偉いさんから、「ワープロ命」まで、
誠に我侭この上ない社員の教育に情熱を傾け、社内メールシステムが曲りなりにも稼動する様になった。
「徹底的にグレル事を決めていたバードマン」はここである事をふと思いつく。
LANの回線は、大阪支社を経由して東京本社へ繋がっている…。
東京本社の連中は「インターネット使い放題」等と嘯いておる。
しからば、現在の回線で大阪、東京経由インターネットの目くるめく官能の世界がバードマンを待っているのか?
ふと、気づくとマウスがIE5βのアイコンをクリックしていた。 そして・・・・・・・・・・・・・・
出会い
繋がっちまえばこっちの物。「誰にも教えてやンない」状態で、バードマンはインターネット使い放題の日々を始める。
お約束の「桃色コース」も殆どのツボは押さえ、次第に「趣味の世界」へとエクスプローラーは向かっていった。
バードマンの趣味は「スキューバ」(あぁ夏を返せ)「バイク」(おぉ夏を返せ)「モータースポーツ」「RC」である。
「保険金ねらいで残虐非道の限りを尽くしたオバさん」のお蔭でほぼ半年を仕事に捧げまくったバードマンは
失った性旬・・いや、青春を取り戻そうとするかのように趣味に関係するサイトを渡り歩いて行く。
そんな時、あるサイトに出会った。
題して「オールオヤジラジコンクラブ」。略してAORc。
ラジコンに取りつかれたオヤジ達が、RCからピンク迄、あらゆるこの世の事ドモに対して激論を戦わせ、
優秀な探偵を派遣し問題の解決に…ではなくて、(君が関西人なら解ってくれるであろう)
時には現実に手合わせをして切磋琢磨しているという中々楽しげな掲示板である。
早速行き付けのサイトを巡回するコースに加えた事は言うまでもない。
発端
身の上から身の下まで「会社で若い社員(特に女性)に嫌われているであろうオヤジ菌に汚染されたメンバー」の
途方もなく懐かしいオヤジギャグの連発に、妙な懐かしさと親近感を覚え始めたある日、
自分が使っているバッテリー充電器の話で掲示板が盛り上がりつつあった。
自他ともに「オヤジ」を自認するバードマンとしては、黙っている訳には行かない・・と思うか思わないかの内に
手がかってにキーボードを滑り、マウスが「送信ボタン」を押していた。
名だたるオヤジ連に認知される事になった恥ずべき…いや、記念すべき瞬間であった。
その後、この書きこみをきっかけにして、怒涛の応酬が始まり、AORcは「巡回サイトの一つ」から、
「仕事中も常駐する」サイトへと大出世を遂げる。
このサイトに巣食う魑魅魍魎と化したオヤジの中でも、T氏、K氏、I氏は電気、電子関係に造詣が深く、
「サーキットでの練習用ラップタイマー」なる物を開発していた。
ある時、同掲示板で、このソフトを音声読み上げ式にしたいとの発言があり、声優を探しているとの書きこみがあった。
一瞬の記憶喪失の後に掲示板を見ると、
「声優もいるから録音しよか?」という書きこみがバードマンの名で書かれていた。
最近、犯罪に使われる事も多いインターネットではあるが、こうも早々と我が名を語る輩が出るとは・・…
等とは一瞬も考えず、とりあえずスタジオの予約状況を確認するバードマンがいた。
我が社は地方都市とはいえそれなりの設備を持つ放送局である。
狭くて、暗くて、多少臭いがスタジオと呼ばれている部屋があり、古くて、よく壊れて、壊れると部品探しに苦労するが
マイクや、収録機材も放送局としての対面がぎりぎり保てるだけの物は有馬兵衛の紅葉閣。
残る課題は声優である。 掲示板のオヤジ達が何を求めているのか大方の予想はついていた。
が、時間をおいて確認しに行った掲示板を見ると、「エヴァ風がいい」だの「鬼太郎のオヤジがいい」だの
「ネットのオヤジ達」は勝手な事を書き散らかしている。
そんな書きこみを見ながら、
愛機VAIOの液晶画面に向かって「あんたらえーかげんにしなさい」と一人ごちるバードマンであった。
大方の意見を総合すると、「基本部分は真面目に使えて、遊び心とお色気をエッセンスに加える」事とする。
そうなれば、声優は、我が社の女性アシスタントのホープS嬢で決まり!!!
仕事では落ち着いた発声と安定した語りで定評があり、下ネタを振ると「ポっ」と顔を赤らめるが特にいやがる風もない
27才、彼氏持ちの独身女性である。
スタジオが稼動するのは、一応勤務時間帯なので、建て前上の了解を得るべくメールを出すと「OKよ」との返事。
幸先良いと喜びつつ、もう一つの難関「技術職員」探しに奔走する。
仕事のスケジュールを差配するデスクに知られると、事が面倒になるので、用もないのに技術セクションへ行き、
入れたてのコーヒーとクッキーなんぞをゴチになりながら横目で勤務表を確認すると、・…いたいた。
話の解りそうな若手が一人、午後は暇そうだ。
こちらも「口外無用」の条件でメールにて問い合わせると「了解」の返事が返ってきた。
残るは「勤務中に会社の機材と人材を使って趣味をする」事の是非があるが、
「趣味はあらゆる仕事に優先する」というのが「オヤジ」の常識、世の習いであるから、ここはあっさり無視を決め込む。
録音現場
さあ!!舞台は整った!!!!!後は実行あるのみである。
処が、ここに乗り越えなければならない最大の問題が横たわっていた。
(この文書を書いている最中に、和歌山県と奈良県境で山火事が起きている事は又別の問題)
数字等の「真面目モード」部分は別にして、「お茶目部門」や「お色気部門」の録音を予定している。
それも勤務時間内に…である。
どこの会社でも状況は同じと察するが、役職のついたお偉いさんという人々は、別名「暇人倶楽部」の名がある様に、
「偉そうにしている事」の他は「夜のご接待」意外仕事らしい仕事は無い。
(あの人達に仕事を手伝ってもらうと5分で終わる仕事が2時間かかる。という事が多い)
つまり、我々世に言う「働き盛りの中間管理職」が彼らの分も必死に働いている間、「暇人倶楽部」の面々は
週刊誌のグラビアに見入ったり、何故か他局の番組を視聴(彼らは調査だと言い張る)していたり、
ハナクソをほじっていたり、鼻毛を抜いていたり、椅子の背に凭れて大イビキをカイテイタリする。
(段段我が社が情けなくなってきた)
そんな「暇人倶楽部」の面々が座敷牢よろしく固まった一角の後ろ、1pのベニヤ合板の壁1枚隔てた所が
我が局のスタジオである。
さすがにアナブースは放送局の沽券に関わるので完璧な防音処理が行われているが、機器をコントロールする
副調整室・通称「サブ」は、音声筒抜け。年はとっても妙に耳のいい「暇人倶楽部」には絶好の配置。
下手に仕事をすると、「何ヤッテンの?」と、顔を出す事おおあり名古屋のエビフリャー。
そこで、一計を案じるバードマン。
我が社の昼休みは変則的である。何故ならば、我が社のお昼のメインイベントは「昼のニュース」
12時20分にニュースが終わって、何事も無い事を確認してから、やおら昼食へと繰り出して行く。
(このお蔭で、どこの食堂へ行っても、ランチ売り切れ、席は一杯・…弁当も選べるほど残っていない・…)
時間差でこの昼食時間を利用すれば、何とか乗りきれると判断し、決行を12時45分とする。
ほっと一安心したのもつかの間。決行当日問題発生!!! 音声マンの時間が合わない。!!!!!!!
何と!当日の朝「技術の暇人倶楽部」より仕事を言い付かり、体が空くのが1時過ぎになるという連絡。
こちらからお願いした以上「NO」とも言えず、時間調整に入る。
1時から収録を開始したとして、リハに5分、収録に10分、手直しに10分と見て最短25分。
何とか「暇人倶楽部」のご帰還前に仕事は終える・・と判断して決行を指示した!!!!
DATの準備、タイムコード、録音機器のパッチング等をバードマンが黙々とセッティングする中、1時5分に
技術のF君到着。「今朝になってあんな事言われてもねえ…一度殴ってやろうか…」等と呟きながら
バードマンのセッティングを確認して行く。
F君のOKが出た。スタジオでスタンバッているS嬢にリハ開始を支持する。
「いち、に、さん、・…」数字の読み上げが順調に進んで行く。
お茶目アンドお色気モードに入った所で問題発声。
「サービスサービスゥ」の美里調がらしくない。NGを出してスタジオ内へ向かうバードマン。
バ 「エヴァ」の美里さん風でやって!!」
S嬢 「???????」
何と!!!S嬢「エヴァ」を知らない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
仕方なくバードマンが口真似をするが、中々ニュアンスまで伝わらない。・・・・・・どうしよう。
そうこうする間にもスタジオの時計は非常にも時を刻んで行く。 後10分。
バ 「内田 有紀がやってたエプソンのプリンタのCM覚えてる?」
S嬢 「知ってますゥ」
バ 「あんな感じなんだけどな、あれをう〜〜んと色っぽくしたっていうか・・・・」
S嬢 「やってみますゥ」 後8分。
残り時間も僅か。こうなったら一発勝負しかない。
「それでは、収録します。どちらさんもよろしくゥ」
淡々と数字の読み上げが続く。 あっヤバイ。間違った!!!S嬢も気づいてすかさずフォロー。ヒヤヒヤ。
お色気モードへ突入。 いいぞ!! その調子!!! 体の中心がココロモチ盛り上がってくる!!!(もりあげるなっ)後2分。
S嬢担当部分が終わる。「サービスサービスゥ」部分でF職員の股間も盛りあがっていた。
副調は昼日中から一種異様な雰囲気が支配する。収録がすんだS嬢がその雰囲気の中へ引き上げてくる。
顔はうっすらと上気してほんのりと赤い。ああっ、もうダメ。かろうじて残っていた理性が・・・・
「暇人倶楽部」の不在を横目で確認してもやもやとした物を心の中に抱えながらスタジオへ入るバードマン。
マイクの前に座ると、さすがプロ!! もやもやを無理やり心の片隅に押し込んで静かな緊張が支配して行く。
残り1分。
掲示板には「古館調」を求める声が多かった。うん、君達の気持ちは解る。俺も好きだ。しかし、しかしである。
痩せても枯れても、禿げてもプロの端くれ。声を出してお金を頂いている以上、「真似」だけはできない。
諸君、我慢してくれ。他の部分で貢献するから・・・・・・・・
そして、スタジオにはバードマンの雄叫びが響き渡るのであった。「スタ〜〜〜〜トォ!!!!!!」
TIME UP